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慶應義塾大学東アジア研究所 現代中国研究センター

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プロジェクト3:「中国社会多元化の諸相:エスニシティ、宗教、中間組織」

(研究責任者:田島英一)

 本プロジェクトは、価値とエートスという人間の内面と深く関わるファクターに注目しながら、社会学的、歴史学的立場から中国のガバナンスを再検討することを、その目的としている。中華人民共和国は、建国の神学として「社会主義」「愛国主義」を提唱した。前者の実現過程が「民主革命」、後者の実現過程が「民族革命」であり、その障害との烙印を押された集団や個人は、「反革命」「漢奸」として「対抗矛盾」の彼岸に放逐された。しかし「社会主義」は、80年代以降の一連の経済制度改革により、人民への訴求力を大きく失うことになる。更に、無産階級者の事実上の有産階級化と個人主義の台頭、国外文化の流入等が、「愛国主義」をも侵蝕しはじめた。K.ポラニーも指摘するように、自由主義的な市場経済がもたらすのは、信仰の空洞化ではなく、金銭的価値観を至上とする「新宗教」への改宗である。この改宗が、官僚機構においては権力の腐敗を、経済界においては品質事故の頻発を、市井においては他者への無関心を生んでいる。中国社会学者がしばしば口にする、「信仰危機」問題である。

 本来、こうした文脈において危機の存在、意識変革の必要を発信し、必要があればさまざまな社会活動にも参与するのが、各種市民団体や宗教組織である。しかし、残念ながら中華人民共和国は、社会主義体制の建設過程において「社会の国有化」をほぼ完成させ、かつて中間組織や宗教が担っていた事業の多くが、国家によって接収された。こうして社会は重要なアクターを失った。そして、一度自律性を失った社会は、「信仰危機」に対しても耐性を持つことができなかったのである。A.トクヴィルは、米国の民主主義における宗教と中間組織の役割を強調し、行動のエートスと協働、討議の結節点となる組織が、かくも巨大な国家の民主主義にとっては不可欠であることを、発見した。この議論が正しいとすれば、中国の民主化を制度論からだけ論じるのは間違っていることになる。J.ハーバーマスの術語を使えば、「制度世界」の改革と「生活世界」の再建を同時に進め、また第三領域としての公共圏の再構築をはからなければ、民主主義は達成できない。

 ゆえに中国の民主化実現に向けたガバナンス再構築とは、人々が欽定価値(社会主義、愛国主義)や市場原理以外の行動のエートスを回復し、「協働と討議」という公共圏の結節点を再構築する物語でもなければならない。つまり、宗教(および、中国という文脈においてそれと深く結びついたエスニシティ)と中間組織が自律性と参与資格を回復し、社会の多元化と公共圏の再構築が促される過程でもなければならない。

 そうした変化のきざしは、中国各地にすでに見え始めている。本プロジェクトの第一の目的は、現代中国における公益団体、宗教、民主化運動に関わる事例を分析し、その事例が中国の民主化に対して持つ含意を考察することにある。これに対して、第二の目的として「社会の国有化」が完成する以前の中国における公共圏につき考察し、実際に「国有化」で何が失われ、そして何が失われずに現代中国に表出しているのか、を歴史的視座のもとで検証する。本プロジェクトでは、史実から近現代中国における公共圏の形成過程を考察することによって、過去から現代に通底する中国の公共圏の特質をも提示することを試みる。プロジェクトメンバーは定期的に研究会合を行い、これを討議、情報交換、相互参照の場として活用しつつ、それぞれの研究の深化をめざす。理想的には、こうした会合を契機として、研究手法の違いを乗り越えメンバー間の一定の共通認識を築き、独白的な考察と分析にとどまらない、公共圏と「生活世界」の再構築に向けた示唆ないし提言をめざしたい。公共性を模索するプロジェクト自体が、何より公共討議の実践者でなければならないと考える。


◆活動報告1◆

【初回会合】

 日 時:2011年4月30日(土)

 場 所:慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス λ508

 参加者:呉茂松、田島英一、鄭浩瀾、島田美和

 ①メンバー顔合わせ

 ②今年度のスケジュール、開催場所に関する協議・会合開催のスケジュール及びプロジェクト予算の内容について

 (後日、不参加のメンバーの了承を得て、下記の掲載内容のとおりの決定となった。)

 開催場所は、京都からの参加者の状況を踏まえ、関西での開催も検討されたが、関東圏の大学(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスやフェリス女学院等)での開催に決定した。

 ③研究費および会計処理の方法について説明を行った。


◆活動報告2◆

【第1回月例研究会】

 日 時:2011年6月4日(土)14時~ 

 場 所:慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス τ(タウ)館 31

 報告者:呉茂松 「中国における『維権』運動の定義とその様相」(仮題)

 権利を擁護する意味を持つ「維権」という言葉が中国で汎用されるようになってすでに久しい。この言葉は、その適用範囲が拡大するにつれ、権利運動のスローガンとして、あるいは権利運動研究の対象として多く論じられているものの、その定義が明確にされているとは言い難い。

 本研究の目的は、維権行為、維権運動について定義を行うことにある。まず、「維権」というキーワードが提起され、適用範囲が拡大すると同時に、市民に定着する経緯とその背景と条件を説明した。次に、各領域で見られる維権行為の内容、争点、特徴などを、事例分析の結果に基づいて紹介し、「維権」の意味とその変化ついて論じた。ケーススターディから得られた演繹的な結論を整合し、現段階にみられる維権行為、維権運動についての帰納的な定義を行う。さらに、「維権観」をめぐる社会側と国家側の議論を紹介した上で、両者を比較し、その関係について論考を加えることを通じて、現段階に見られる維権運動の様相を概観し、それの中国の政治における意義をついて一考を加えた。

 結論としては、現段階にみられる維権行為(狭義的な定義)とは、ある領域において、企業の行為、政府の不当な管理ないし管理不在により、合法的な利益、権利が侵害された利益主体、生活主体である個人、または共通な利益基盤を持っている人々が、様々な資源と手段を利用し、様々な方式で行う権益擁護行為であり、社会システムの矛盾(不公平)がもたらした生活要件の欠如とそれに伴う社会的不満を契機に、侵害利益の弁償、権益保障システムあるいは権利表出チャンネルの構築を求める準組織的な行為である。その延長に公正なルールに基づく法治の実現がある。これは、利益・権利侵害への抵抗から始め、発展プロセスにおいて、市民の基本権利求(信仰の自由を含む)めるようになった。そして、維権運動(広義的な定義)とは、人々の民生を基盤に、その利益に絡む諸権利の実現と擁護を求める運動である。民生に基づいた「民権」運動である。


◆活動報告3◆

【第2回月例研究会】

 日 時:2011年9 月24日(土)14時~

 場 所:慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス τ(タウ)館31

 報告者:鄭浩瀾 「託児所の誕生:動員と子供の近代」

 教育史は、子供の歴史なしには成立しない。しかし、中国近現代史における子供史の研究はきわめて少ない。中華人民共和国の成立以降、様々な革命・政治運動の展開に伴って「社会の国有化」が進み、そうしたなかで、子どもたちの生活空間が如何に変容していたのか。本発表は中国において託児所が大量に誕生した1950年代を中心に、女性労働力に対する動員と関連づけてこの問題を検討した。

 発表は主に3部分に分けて行った。第一部分は、中華人民共和国成立前の幼児教育を中心に検討した。まず、清朝末期から民国にわたる託児所の設立の流れを概観し、女性労働力の動員や託児所による「公育」の提唱が始まったのは1930年代に入って以降のことであることを確認した。上海など一部の大都市において工場が普及し、それに伴って託児の問題が浮上し始めたことも確認した。

 第二部分は主に、上海市档案館で収集した資料に基づき、中華人民共和国成立以降託児所が大量に誕生した背景及びその要因を分析した。暫定的な結論としては、託児所が大量に誕生した背景には、朝鮮戦争勃発後、女性労働力に対する動員が強化されたことがあることがあげられた。愛国生産運動のなかで、授乳時間の短縮などが提唱され、幼児教育が生産支援のための手段として位置づけられるようになったことや、建国初期の女性工場労働者の労働強度が高かったことなど、興味深い発見をいくつか紹介した。

 第三部分は、愛国主義生産運動から人民公社成立までの時期を対象に、国家が望む子供像の変容と子供に対する動員の実態を検討した。史料の制約により、そのすべてを検討することはできなかったが、発表では主に、①集団主義・愛国主義教育の展開によって子供が階級性を持つ存在とみなされるようになったこと、②社会主義集団化運動のなかで、子供も労働力として動員されたこと、という2点を中心に報告した。


◆活動報告4◆

【国際ワークショップ】

 日 時:2011年10 月25日(火)14時45分~18時

 場 所:慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス Ω (オメガ)館 21教室

 テーマ:『アジア社会の持続可能性 ― 「発展」の意味から問い直す ― 』

 プログラム:

  第一部:インドにおける「発展」をめぐって

       基調講演  Krishne Gowda(インド・マイソール大学教授)

       SFC教員を含むプロジェクト・メンバー及び来場者による質疑応答

                                        (英語通訳付き)

  第二部:中国における「発展」をめぐって

       基調講演  劉培峰(中国・北京師範大学教授)

       SFC教員を含むプロジェクト・メンバー及び来場者による質疑応答

                                        (中国語通訳付き)

 主 催:

 東アジア研究所「東アジアにおける『持続可能な発展』の諸相」プロジェクト(代表:厳網林)、NIHU、および現代中国研究センター「中国社会多元化の諸相」プロジェクト(代表:田島英一)との共催

 概 要:

 21世紀の新超大国と目される中国、インドが両国の環境、経済、社会、政治等における『持続可能な発展』をいかに模索するかについて、インド、中国からの論客を向かえ、メンバーと共に議論を深めた。Gowda氏は、インドにおける『持続可能な発展』の特徴について、その思想的根源がインドの文化や歴史の中に見出される点を提起した。劉氏は、中国の『持続可能な発展』のためには、市民社会の構築が必要であり、そのための制度建設が重要であると述べた。


◆活動報告5◆

【第3回月例研究会】

 日 時:2011年11 月26日(土)

 場 所:慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス τ(タウ)館 31

 報告者:戸部健 「YMCAによる社会教育事業と天津社会 ― 1920年代の動向を中心に ― 」

 中華民国北京政府期(1912~1928)の天津におけるYMCAとその協調者による社会教育活動の動向、およびそれと地域社会との関係について報告がなされた。


◆活動報告6◆

【第4回月例研究会】

 日 時:2011年12月24日(土)

 場 所:慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス τ(タウ)館 31

 ①蒲豊彦 「近代広東の民間組織 ― その種類と役割」

 中華民国北京政府期(1912~1928)の天津におけるYMCAとその協調者による社会教育活動の動向、およびそれと地域社会との関係について報告がなされた。

 ②島田美和 (書評)高橋伸夫編著「『救国、動員、秩序-変革期中国の政治と社会』」

 メンバーである執筆者(蒲、戸部、鄭)と共に、中国近現代史における政治と社会の関係性について議論を行った。


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