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慶應義塾大学東アジア研究所 現代中国研究センター

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プロジェクト4:「中国の対日政策における専門家集団の役割」

―戦後日中関係構築における廖承志集団の活躍とその「遺産」―

(研究責任者:王雪萍)

 本研究の目的は、中華人民共和国(以下、中国)の対日政策における専門家集団の役割を、廖承志と彼の下で活躍した対日工作専門家集団に焦点を当てながら、解明することである。

 建国初期から日中国交正常化に至るまで、中国の対外政策の最高政策決定者は一貫して毛沢東であり、毛沢東の下で周恩来及び歴代の外交部長が対外政策の執行を所管していた。そして、周恩来の指導の下、中国建国直後の1952年に廖承志が中国政府の対日政策担当者に指名された。以後、1983年に亡くなるまで、文革中の一時期を除いて、中国の対日政策の実務レベルにおける業務担当者は一貫して廖承志であった。廖承志は毛沢東の対日工作方針である「民間先行、以民促官」を忠実に実行し、「日中友好」政策を常に提唱し続けた 。また廖承志は未だ国交を樹立していなかった日本との政治、経済、文化、民間交流を推進するため、父・廖仲凱や母・何香凝の人脈を活用し、日本の華僑の支持も集めた。そして、廖承志が日中友好活動を日本全土で展開し、政界、財界、文化界に多くの支持者を得たことは、日中国交正常化に大きく寄与したと評価されている。

 しかしながら、こうした廖承志と彼の下で活躍した対日工作専門家集団の役割に関しては、資料的な制約もあり未だ実証的な研究は少ない。そこで本研究では近年公開された中国外交部档案館及び中国の各地方档案館で公開している日本関連档案などの資料を収集すると同時に、これまで公刊された廖承志集団(「廖班」)の対日業務担当者の回想録を利用し、さらに申請者が当時の対日業務担当者に対して聞き取り調査を行うことで、中国建国から廖承志が亡くなる1983年までの中国の対日政策においての廖承志らの専門家集団が如何なる役割を果たしたのかを解明することを目指す。

 そして、こうした実証研究を踏まえて、民間アクターを利用して対日政策を展開した廖承志集団が構築した「72年体制」と言われる日中関係の構造が他の二国間関係と比較して如何なる特徴を有するに至ったのかを検討する。その上で彼らが残した「日中友好」を基調としたかかる体制の「遺産」に関して、その正と負の二つの側面を解明する。日中関係が大きな変容を迎えている現在、かつての廖承志集団の如き、両国の間を結ぶ公式・非公式の「コミュニケーター(伝達者)」の不在が指摘されていることに鑑みれば、正負両面から彼らの残した「遺産」の意味を検討することは戦後日中関係における構造的問題の解明にも繋がる。その意味では、本研究は単に実証的な歴史研究に留まらず、現状の問題の解決に対する一視座をも提供するものと思われる。


◆活動報告1◆

【2011年度研究プロジェクト「中国の対日政策における専門家集団の役割」第一回会議 議事録】

 日 時:2011年4月9日 14:00~17:00

 場 所:東京大学駒場キャンパス18号館コラボルーム4

 参加者:王雪萍(東京大学)、大澤武司(熊本学園大学)、杉浦康之(防衛省防衛研究所)、山影統(早稲田大学・非)


 廖承志集団研究会第一回研究会が2011年4月9日東京大学にて行われ、今後の研究会運営の取り決めや研究の方向性について議論が行われた。各議論の主な内容は以下の通りである。

①慶應義塾大学東アジア研究所現代中国研究センター研究プロジェクト実施方法などについての紹介。

 議事録・HPと会計は山影が担当することが決定された。運営や予算の執行についての説明がなされた。今年8月に開催予定の中間報告会までにインタビュー等一定の成果を報告できるように努める事が確認された。ワークショップ報告は年に3~4回オープン形式で行われることが確認された(次回6月18日開催予定)。

②参加者による研究内容の紹介 

 今後の研究の方向性と問題点が議論された。

・研究のテーマは廖承志集団(実務者集団)を中心として行う事が確認された。廖承志は政策決定者にも影響を及ぼし、かつ、一つの事務を長く務めた人物であり、中国の対外政策を知る上でもまた、日中関係の構造的理解のためにも極めて重要である。当研究会では、従来の政策決定者に焦点を当てた研究で無く、より実務者の視点を重視した実証的な研究をめざす事が確認された。

・外交部の対日業務を長年務められた周斌氏をはじめ、当時の日中関係実務担当者に当時の日中関係についてのインタビューを行うよう調整を進めることが確認された。

・政治機関の「廖辦」と人的ネットワークの「廖班」の構造についてどのように規定すべきか議論された。

③次回スケジュール

 次回の研究会は6月18日(土)14:00~17:00に東京大学にてオープン形式で行う事が決定された(場所の詳細は未定)。内容は共同研究者による研究構想の発表(発表15分:質疑15分)。


◆活動報告2◆

【第二回会議 公開研究会】

 日 時:2011年6月18日(土)

 場 所:東京大学駒場キャンパス18号館4階コラボ4

 参加者:王雪萍(プロジェクト代表・東京大学)、大澤武司(熊本学園大学)、

       杉浦康之(防衛省防衛研究所)、山影統(早稲田大学)、他6名

 研究報告:

 ① 廖承志と中国の対日「工作」システムの構築(王雪萍)

 ② 廖承志と留日学生・華僑の帰国(王雪萍)

 ③ 廖承志集団による日本情報収集(杉浦康之)

 ④ 日本「工作」における廖承志と周恩来(胡鳴、浙江旅行職業学院)

 ⑤ 廖承志集団と戦後日中経済関係の構築(山影統)

 ⑥ 廖承志集団と残留日本人の引き上げ問題(大澤武司)

 ⑦ 廖承志集団と日本人戦犯問題処理(大澤武司)

 ⑧ 日本にとっての廖承志集団の対日「工作」(井上正也、香川大学)


 プロジェクト代表である王氏より廖承志研究会についての主旨説明がなされた。

その後、報告プロジェクトメンバー及び外部の参加者による研究報告がおこなわれ、質疑応答を含む活発な議論が行われた。各氏の報告内容は以下の通りである。


・王氏は建国後の廖承志と中国の対日「工作」システムの構築および廖承志集団と留日学生・華僑について報告をおこなった。その中で、廖承志の重要性と「民間先行、以民促官」と留日学生・華僑を活かした中国の対日政策について言及した。

・杉浦氏は日中関係について東京事務所(覚書貿易事務所)の活動を中心とする報告をおこなった。東京連絡事務所がもたらした日本の情報とその後の日中国交正常化に与えた影響を視野にいれた研究の必要性について言及した。

・山影氏は日中経済関係の構築についての報告を行った。報告では、LT貿易後の日中経済関係をその発展の二面性と当時の廖承志集団の役割について言及した。さらに、友好貿易とLT貿易の関係を中心に行うべきであるとの今後の課題として指摘した。また、質疑では50年代の友好貿易を中心とした日中経済関係との比較の視点の必要性が議論された。

・大澤氏は、戦後の日中民間人道外交と廖承志集団について、特に積み上げ時代の廖承志集団についての理解枠組みとその起源についての報告をおこなった。廖承志は日本外交において人道外交をどのように位置づけてきたのか。廖承志個人の認識についての理解の難しさについて言及した。質疑では党際外交の困難さと人民外交や中聯部、弁公室の政策の在り方についての指摘がなされた。

・井上氏による日本にとっての廖承志集団の対日「工作」の題目にて日中関係における日本側から見る廖承志の役割とその認識の変化についての報告が行われた。そのなかで、1950年代から一貫して対日政策の第一線にあった廖承志であるが、日本の彼に対する評価や期待する役割は時期によって変化していたことを指摘した。


◆活動報告3◆

【学会分科会報告 日本現代中国学会2011年度全国学術大会分科会報告】

 日 時:2011年10月23日(日)

 場 所:近畿大学

 分科会タイトル:廖承志と中国の対日「工作」

 司会者:王雪萍(東京大学教養学部講師)

 報告者:大澤武司(熊本学園大学外国語学部准教授)

      山影統(早稲田大学非常勤講師)

      井上正也(香川大学法学部准教授)

 討論者:吉田豊子(京都産業大学外国語学部准教授)

      杉浦康之(防衛研究所))


 司会の王雪萍による本プロジェクトの紹介を行ったうえで、三つの研究報告を行い、これまでのプロジェクトの研究成果を紹介し、コメンテーターによるコメント以外にも、会場で28名の一般聴衆とも活発な議論を行なれた。


◆活動報告4◆

【第三回会議 研究会】

 日 時:2011年12月26日(月) 14:00~18:00

 場 所:香川大学幸町キャンパス南6号館会議室

 研究報告:

  ①王雪萍(東京大学)

   「廖承志と中国外交部―元中国外交部中国処長丁民氏へのインタビューを中心に―」

  ②大澤武司(熊本学園大学)

   「廖承志と中国の民間外交―北京中国外交部調査報告を中心に―」

  ③山影統(早稲田大学)

   「廖承志と日中経済関係 ―「日中貿易促進議員連盟資料集」を手がかりに―」

 コメンテーター:

  井上正也(香川大学)、杉浦康之(防衛研究所)


 研究プロジェクトメンバーより研究報告がおこなわれた。まず、王氏より元中国外交部日本処処長の丁民氏に対するインタビューの中間報告がおこなわれた。そこで特に1963年から文革期そして日中国交正常化までの中国の対日政策決定過程について貴重な情報が報告された。次いで大澤氏により、中国の対日民間外交における外交部調査の中間報告がなされた。また、山影氏より、廖承志と日中経済関係として、基本資料として『日中貿易促進議員連盟資料集』を用いた報告がなされた。

 報告後、コメンテーターの井上氏より日中関係に関するコメント及び資料紹介がなされた。また、杉山氏からは日中関係全体における廖承志の位置づけ、そして「システム」としての廖承志集団の意味などが提起された。


◆活動報告5◆

【第四回会議 研究会】

 日 時:2012年2月2日(木) 15:00~17:00

 場 所:東京大学駒場キャンパス18号館1階メディアラボ2

 報告者:劉建平(中国伝媒大学) 「『廖承志時代』をどう理解するか―戦後中日関係の情報政治学」

 司会:王雪萍(東京大学)

 コメンテーター:大澤武司(熊本学園大学)


 劉氏より、戦後中日関係における「廖承志時代」とその特徴である「人民外交」についての報告がなされた。特に、これまで肯定的な評価を受けることの多かった「人民外交」を「日本利益に偏重していた」ものとして捉え、「国際共産主義運動イデオロギーの下で『日本人民』が利益追求の情報を中国に伝達して一方通行的に利益を実現させてきた過程である」としている。この原因としては、中国の対日外交体制は民意表出が欠けており、加えて中国が「日本国民」を「日本人民」と誤認したことを指摘している。そして、日中国交正常化のプロセスを、中国の対日外交の「日本人民と日本政府を区別する」というイデオロギー的前提を打ち壊し、「『人民外交』という神話を解体した」ものと位置付けている。

 報告後、大澤氏よりコメントがなされた後、質疑応答の時間が設けられた。特に50年代から60年代を中心とした中国の対日政策について多くの議論が交わされた。


◆活動報告6◆

【第五回会議 研究会】

 日 時:2012年2月19日 14:00~17:00

 場 所:東京大学駒場キャンパス18号館4階コラボ4

 報告者:戴振豊(中華民国国家科学委員会、東京大学) 「LT貿易協定と廖承志訪日に対する中華民国の対策(1962~1973)」

 司会:王雪萍(東京大学)


 戴氏より、戦後日中関係に対する中華民国(以下、台湾)の対策についての報告がなされた。大きな時期区分として、LT貿易協定と日中国交正常化に伴う廖承志の訪日を設定して、日台断交以前と以後における日中関係の発展に対する台湾の政策の分析を行った。

 LT貿易協定時期は、台湾は正式な外交として、外交部が交渉を行った。さらに、蒋介石が吉田茂宛に個人的に連絡を取るなどして、日本のプラント輸出の際の日本の輸銀による延べ払い方式に反対した。また、工作員による活動も活発に行い、日台貿易関係を制限した。こうして、台湾は日中関係がそれ以上発展に歯止めをかけたという点で、成功といえる。

 しかし、日台断交以降は、廖承志の訪日に対して、東亜関係協会東京弁事処をはじめ、さまざまなアクターが日本の各部門に反廖承志の呼びかけを行うが、日中関係の進展に歯止めをかけることはできなかった。

 質疑応答では、台湾の対日工作員に関する質問を中心に、50年代から70年代までの台湾の対日政策について幅広い議論がおこなわれた。


◆活動報告7◆

【国際会議】

 日 時:2012年3月17日 9:30~15:30

 場 所:浙江旅游職業学院(中国)

 <第一報告会>

 ①杉浦康之(防衛省防衛研究所)

  「廖承志と中国の対日情報収集(廖承志与中国的对日信息收集)」

 ②王雪萍(東京大学)

  「廖承志と中国留日学生・華僑(廖承志与中国留日学生・华侨)」

 司会:山影統(早稲田大学)

 コメンテータ:王宝平(浙江工商大学日本語言文化学院)

 <第二報告会>

 ①胡鳴(浙江旅游職業学院)

  「廖承志、周恩来と日中国交正常化(廖承志、周恩来与中日邦交正常化)」

 ②劉建平(中国伝媒大学)

  「『廖承志時代』をどう理解するか」(怎样理解"廖承志时代")

 司会:大澤武司(熊本学園大学)

 コメンテータ:井上正也(香川大学)


 浙江旅游職業学院にて国際会議を行った。杉浦氏は、主にLT貿易期における廖承志弁公室東京連絡事務所における中国の対日情報収集について報告を行った。王氏は、戦後、中国が対日政策を展開する上で、留日学生と華僑の問題をどのように処理し、そして協力を求めていたのかについて報告を行った。胡氏は、廖承志が対日政策の主導的な役割を担うことになった要因として周恩来との個人的な関係に注目して報告を行った。劉氏は、戦後から国交正常化までの日中関係における交渉を特に情報政治学の観点から報告を行った。

 各人の報告が行われた後、質疑応答の時間が設けられ、活発に議論が行われた。


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