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慶應義塾大学東アジア研究所 現代中国研究センター

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プロジェクト5:「国際政治学からみた中国の「外交理論」」

(研究責任者:江藤名保子、兪敏浩)

 中国外交ではしばしば、中国の世界観、対外戦略あるいは外交方針を表現する独自の用語が対外政策や宣伝に用いられる。これらの用語は、その時々の中国外交の特徴を表す概念として日本の中国外交(史)研究においても使用されることが多い。しかし実のところ、このような「中国外交用語」の解釈もまた中国政府の公式説明に基づいたものであり、また使用レベルにおいて意味が混同されているケースも少なくない。他方で、このような用語は客観性を底流とする政治学用語とは異なる次元で中国の内政・外交方針の政治的意図を含蓄し、宣伝のツールとして意図的に発信されている。

では、中国外交を中国の「外交用語」を用いずに説明する事ができるだろうか。この問題に対する回答のカギは、彼らの論理を現実の対外政策からいかに読み解くかにある。すなわち、中国外交の実体を政治学の立場から検証する事に他ならないのである。以上の問題意識に立ち本研究プロジェクトは、以下の2点に挑戦するものである。

  1. 中華人民共和国建国から現在に至るまでの外交戦略を、その政治的意図を含めて一般の国際政治理論を用いて解釈することを試みる。
  2. 中国の国際戦略と欧米の国際情勢研究動向を比較分析し、中国が戦略形成においてどのような概念的影響を受けているか、または逆にどのような独自性を有しているかの相違を明らかにする。

 中国外交を総合的に検証する日本の先行研究は、岡部達味(2002)、毛里和子(2009)にほぼ限定され、未だ十分な議論がなされているとは言い難い。他方、欧米においては中国外交を分析するための理論構築の試みがなされているが、加々美光行(2008)は、外国人の研究者が陥る問題点として無自覚に自国の内外政治を正当化する主観を取り入れ、中国内政と外交の相互連動を等閑視しがちであることを指摘している。

Goldstein(2005)のグランド・ストラテジー論、He(2009)の制度主義バランシング論、超全勝(2007)はミクロ・マクロリンケージ理論等が挙げられるが、いずれも普遍的な政治理論の構築に主眼をおいているため中国外交の実態に充分に踏み込んでいない。また中国国内では1990年代から王緝思、王逸舟、牛軍、葉自成らを中心に、海外の分析手法を積極的に取り入れて外交政策を論理的に解析する研究が進んでいるが、「中国モデル」として独自の理論構築を図る研究も少なくない。本研究ではこのような研究動向を改めて整理し、中国外交理論の独自性と普遍性を検証したいと考える。


◆活動報告1◆

【コンセプトの検討】

日 時:2011年4月5日(火) 13:00~17:00

場 所:慶應義塾大学三田キャンパス 東アジア研究所共同研究室1

参加人数:5名


 新年度開始とともに新プロジェクトの第1回研究会を開催した。事前に企画案を練り、研究対象を中国外交における「理論」とすることは決定していたが、共同研究として目指す課題・論点をより詳細に議論した。

最終的に出版・刊行を目標に掲げているため、当初からある程度の総合的な研究プランを立てて活動する必要がある。しかし同時に、本企画が主たる目的の1つとする「議論することで多角的な理解を深める」ためにも、各々の研究対象の照準を絞りこむ前に、改めて研究テーマを練りながら議論したい。この双方の目的を達成するために本プロジェクトでは、8月までは共通の課題・既存研究に対する検討を行い、コンセプトの形共有を図ることとなった。各人が個別テーマを立てて研究を進めるのは9月以降の予定である。

 今回は、中国外交学院の教科書ともなっている張歴歴『外交決策』(世界知識出版社、2007年)の書評会をおこなった。この本は、中国の外交決定の組織構造を具体的に解明した意味で画期的であるが、静的分析が多く、政策決定過程のダイナミズムには十分に踏み込んでない。つまり著者の目指したG.アリソンの議論に則ったモデル化には及んでいないが、イデオロギー色を排した客観的な組織論として高く評価することができる。

 特に議論となったのは、グローバリゼーションが中国外交に及ぼすインパクトと、共産党の中心的役割についてである。例えば張は2001年のWTO加盟について「中国はグローバル国際システムの基本的枠組みの中に完全に組み込まれた(41頁)」と評価しつつも、「しかし中国の多くの地域と人口はグローバル化どころか、国際化さえ実現していない(47頁)」とも見ている。国際ルールに参加した後も中国は、一部においては独自のルール設定を維持し、また一部においては西欧中心で設定された国際ルール自体に疑義を提起している。この点はどう評価すべきだろうか。また外交政策決定について「政策決定は基本的に行政部門の中で行われており、行政部門の外部には閉鎖的である。縦割り行政が主で、横の交流と協力が欠乏している(中略)民意の表出は無秩序、過激、分散しており、政府の外交に十分な支持を与えていない(255-256頁)」と評した。近年の研究では、政策決定における利益団体の増加と権力の細分化や、敏感な問題についての世論への配慮も指摘されており、評価の分かれる点である。


◆活動報告2◆

【中国外交における「外交理論」】

日 時:2011年4月29日(土) 13:30~17:00

場 所:慶應義塾大学三田キャンパス 東アジア研究所共同研究室1

参加人数:5名


 第2回研究会では、リンダ・ヤーコブソン、ディーン・ノックス(2011)『中国の新しい対外政策』と毛里和子、川島真(2009)『グローバル中国への道程』の2冊を手掛かりに、中国の「外交理論」について検討した。前者はストックホルム国際平和研究所から2010年に出された報告書の訳書で、現在の中国の外交政策は多様なアクターの「合意の形成」によって決定されるとの立場から、各アクターを分析している。後者は歴史研究と政治学研究の視点を互いに意識しながら、中国の近代外交と現代外交をそれぞれに論じている。特に現代の個所では、中国外交を表すキーワードとしていわゆる「外交理論」を解説しており、本プロジェクトと研究対象が近かった。

 議論においてはまず、中国のいわゆる「外交理論」を整理した。これらの用語は一般的な政治学理論とは異なる次元で、①当時の中国の国際認識と対外戦略のいずれかを表す言葉であり、②宣伝として打ち出されるものである。その特徴としては、認識においてアイディアリズムが、戦略においてリアリズムが強まっていること、2000年代からは戦略目標に変わってきていること、共産党の一党支配による権威主義国家を支持すること、が指摘された。

 分析の取り組みとしては、『中国の新しい対外政策』に見られるような組織レベル毎の政策決定システムへの分析を基礎に、ケーススタディを行ってそれぞれの動的影響力を追ってみなければ、具体的な議論ができないということで合意を得た。ただし、外交決定過程における各要因の影響力はケースごとに異なるため、どのような分析枠組みを提示して総括するかにおいてはまだ検討中である。実際に要因を抽出してみなければわからないため、ケースの選択と並行して再度論じる必要がある。


◆活動報告3◆

【国際関係理論と地域研究手法の併用】

日 時:2011年6月6日(火) 11:30~13:00

場 所:慶應義塾大学三田キャンパス 東アジア研究所共同研究室2

参加人数:5名


 第3回研究会では、須藤季夫(2007)『国家の対外行動』を手掛かりに国際関係学の研究動向を踏まえしつつ、中国外交分析への援用について議論した。『国家の対外行動』は、リアリズム、リベラリズム、コンストラクティヴィズムのそれぞれの発展を追いながら、国家行動の決定要因を解説する。非常に簡略に概説すれば、リアリズムのシステム論的分析への疑義から発したリベラリズムがエージェントの内的分析へと深化し、さらにコンストラクティヴィズムによるエージェント間の「間主体性」への議論へと発展したが、現在ではネオリアリズムとネオリベラリズムは部分的に収斂しつつある(「ネオ・ネオ総合」pp127~128)。この点は、ネオリベラリズムの全体的なリアリズムへの接近であるだけでなく、「新古典的リアリズム」からの第一イメージ(個人レベル)と第二イメージ(国家レベル)の採用として確認できることも指摘されている。

 このような国際関係論の研究動向を中国外交の実証研究に照らし合わせれば、①採用する理論に合わせてケースを選択・分析しても他の理論への反証にならない、②ケース毎に理論統合的な分析を試みる事例が多いが、これらは全体像を描き切れていない、という課題が指摘できる。とりわけ地域研究の立場から、ケースごとに説明変数が異なるのはいわば当たり前のことであり、重要なインプリケーションには結びつかないとの批判的議論も起こった。

 対外政策の一般理論は未だ構築されていないが、現在は国内プロセスに関心が集中しており、既に幾つかの有益な分析概念が提示されている。本プロジェクトにおいても国内要因の分析において何らかの概念を援用したいと考えている。

 本プロジェクトが分析対象とする中国の外交方針を表す用語については、それを発信する目的および概念の形成過程、発信することによって実際の外交に及ぶ影響、受信する国際社会そのものの変化、の3つの側面から分析することで合意した。長期間に継続して使用される用語について特に注意を払いつつ、次回の研究会は実際の事例を検証することを決定した。


◆活動報告4◆

【個別研究テーマの検討】

日 時:7月26日(火) 10:30~12:00

場 所:慶應義塾大学三田キャンパス 東アジア研究所共同研究室1

参加人数:7名(うち2名はSkypeにて議論に参加)


 第4回目の研究会は、8月末に予定されている現代中国研究センター内での中間報告に向けて、今後の研究計画と各人のテーマ設定を議論した。今後の予定としては、2月中旬に南山大学アジア太平洋センターと共催でワークショップを開催することを念頭に、胡錦濤政権の外交戦略を分析することで合意を得た。

 また別途、1989年から2010年までの重要文献から外交政策におけるキーワードがどのように使用されているかを抽出し、比較検討を行った。80年代から一貫して使用されている重要用語、使われなくなった用語、新出の用語を具体的に検討することで、各概念が①宣伝(プロパガンダ)効果を主目的としたものと、②実質的に外交方針を規定するものとに分類できることが明らかになった。今後は各概念の形成過程や発出の方法の検証を進めるが、時間的・人的制限があることから、当面は胡錦濤政権の外交上の重要な概念を以下のように分担した。以下を踏まえ、最終的には外交における概念提起の効果を検証したい。

 (1)原則論の内実

国際情勢認識論:「和諧世界論」と中国の国際秩序観

国際政治経済新秩序主張の中身は時期によって変化が見られ、とりわけ2005年以降からは「和諧世界論」の方に比重がシフトしている。一方、2003年~2005年に中国は自己の台頭が及ぼすインパクトを自覚し、さらに2008年世界金融危機および経済不況を機に「台頭する中国」の自己認識はさらに深まったように見られる。本研究は上述のような中国の自己認識が世界秩序認観に与えた影響を分析する。

国益論:「核心的利益」――米中関係を中心に

「核心的利益」に関する国内外の反響や議論を検証し、中国外交「ドクトリン」が国内アクターや外部からの影響を受けて修正される過程を考察する。また外部への影響力が増大したせいで、中国外交が自ら掲げた言葉に翻弄される状況も生じるようになっているのではないかという仮定を併せて検討する。

概念の折衷:「平和共存五原則」と「保護する責任」概念の相克

中国政府が最も重要な外交原則とする「平和共存五原則」の内実は、どのような変化を見せているのか/いないのか。「干渉と国家主権に関する国際委員会(ICISS)」および国連を中心に進展している「保護する責任(responsibility to protect)」概念の構築と共有の動きに対する、中国政府の言説および実際の外交行動の分析を通じて解明してみたい。

 (2)国際戦略の提起

外交戦略:胡錦濤政権における「韜光養晦」論争

2000年代に入ってから「和諧世界」が打ち出されるまでの、「韜光養晦」をめぐる中国の国内論争に注目する。「韜光養晦」が提示された当初の状況と比較しながら、国内の社会・政治的背景及び国際環境に対する認識の変化を明らかにする。

国際的地位:中国の国際的身分――「責任ある大国」論からの検証

中国が自ら提起した「責任ある大国」論と、国際社会が中国に求める「責任ある大国」論との間の不一致を分析し、中国の国際的身分に対する自己認識を考察する。

国家イメージ戦略:ソフトパワー外交――「中華文化」の発信

「中華文化」提起にみられる中国の「ソフトパワー外交」に関する議論とその実態を明らかにしながら、中国の国際戦略の一端を明らかにする。


◆活動報告5◆

【個別研究テーマの検討】

日 時:11月22日(火) 10:30~12:30

場 所:慶應義塾大学三田キャンパス 東アジア研究所共同研究室1

参加人数:7名(うち1名はSkypeにて議論に参加)


 第5回目の研究会は、2月16日に予定されている南山大学アジア太平洋センター共催のシンポジウムの準備のため各報告者の経過報告、シンポジウムの趣旨を確認した。報告担当者である4名の研究をもとに、シンポジウムのテーマを「胡錦濤政権期の『外交ドクトリン』」と定め、胡錦濤期に受け継がれた政治手法、この時期に特徴的な部分などを議論した。シンポジウムのプログラムについては第6回研究会報告をご参照ください。


◆活動報告6◆

【シンポジウム 「胡錦濤政権期の『外交ドクトリン』」】

 南山大学アジア・太平洋研究センター、

 慶應義塾大学東アジア研究所・現代中国研究センター共催

日 時:2012年2月月16日(木) 14:00~17:00

場 所:南山大学名古屋キャンパス J棟1階特別共同研究室(Pルーム)


◆プログラム◆

 13:40  開場

 14:00  開会  司会:星野昌裕(南山大学)

 14:00~14:10  開会挨拶・趣旨説明

               江藤名保子(人間文化研究機構地域研究推進センター)

 14:10~15:30  研究報告

     兪 敏浩(名古屋商科大学)

           「中国におけるグローバル・ガバナンス論」

     李 彦銘(慶應義塾大学院)

           「胡錦濤政権前期における『韜光養晦』をめぐる論争とその原点

                          ――外交政策形成における学者の役割から」

     徐 顕芬(早稲田大学現代中国研究所、人間文化研究機構地域研究推進センター)

           「中国の国際的身分――『責任ある大国』から検証する」

     前田宏子(PHP総合研究所)

           「中国における国益論争と核心的利益」

 15:30~15:40  休憩

 15:40~16:50  討論

               討論者:須藤季夫(南山大学)

                     鈴木隆(愛知県立大学)

 16:50~17:00  閉会挨拶

               小嶋華津子(筑波大学)


 中国の台頭が語られるようになって久しい。さらに2000年代から世界的なパワー・シフトの時代を迎え、新大国・中国の動向は世界の注目の的となっている。しかし中国外交においては政策の多元化、利害関係者の多様化が指摘されているように、その実態は益々つかみ難くなっている。本シンポジウムでは、胡錦濤政権の外交方針に密接に関連する4つのキーワードを事例に、中国政府が提起する「外交論」の形成過程と実質を明らかにし、中国外交の指向性に具体的に迫った。

 ここでの議論は、中国が「外交戦略」として発信する用語はその時々の情勢に従って解釈・再解釈が加えられ、純粋な戦略というよりもむしろ、国内外に向けた宣伝活動の一環であるという見方に則っている。これは毛沢東時代にプロパガンダの発信を盛んに行った政治手法に由来する、現代中国の政治文化とも呼べる形態である。本シンポジウムで取り扱ったキーワードは、いずれも胡錦濤政権期に国内外の議論を呼んだ用語であるが、その形成過程・目的はそれぞれに異なっていた。ここで抽出された共通項は、国内の安定を維持しつつ国際社会における利益を最大化するような「プロパガンダ」模索の文脈でこれらのキーワードが解釈されたことである。また近年では政府外の有識者が多様な見解を表明することで中国政府の理論形成に影響を与えているとも言われるが、実質的な意味ではその影響力を評価できる段階にはないことが明らかになった。両討論者からは国際秩序の形成や民主化を伴わない統治に関連して理論的、あるいは地域研究の立場からのコメントを頂き、真摯な学術討論が行われた。


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